姉岩周辺


       雲表倶楽部 創立60周年記念 廻り目平・小川山 姉岩周辺

    2004秋号発表分 ロクスノ原稿



    エリアは 雲表倶楽部創立60周年記念として、2002年より開拓を始めた。GWのレストの午前中、テン場から うつろに眺めていると、、、”あそこの大きそうなスラブは いったいどうなっているんだろう?”という素朴な好奇心から このエリアに足を踏み入れて行ったのである。無理やりにガレ場を詰め、ブッシュを分けながら”探検”は始まった。以降、”あっちはどうなっているんだろう?”と好奇心は絶えず ”あれれ? また岩が出てきた!”っと言う具合にエリアは広がっていってしまう。遂には”見覚えのある岩塔、マラ岩”を見下げる域まで広がってしまったのである。エリアが広くなってしまったにもかかわらず 開拓メンバーが少ないことや開拓作業に慣れていないなど、思いのほか開拓作業は進まず、倶楽部の創立60周年は 盛大に昨年に過ぎ去ってしまった。全く間に合っていないのである。情けない。誠に格好悪いのである。
    365連休暴走中の僕は、要するに仕事が余り無く暇なだけである。夏の間はクソ暑い埼玉にいるよりは、廻り目平にいた方が いくぶんマシであるので、そうすることが通常になっていた。クーラーの電気代も節約できるし、ドコモなら電話が通じるので、仕事の電話も入ってくるので丁度具合が良い。しかしクライミングとなると なかなかパートナーが居ることはなく、ボルダーはあまり好きではない。従って一人でポッツンとキャンプ場に居ることが多々あった。開拓作業はこうした僕の状態には 暇つぶしとしてはおあつらえ向きで、一人で出来る開拓・お掃除に費やす日々が増えていったのである。
    月日を重ねるうちに、始めは 鋸を片手にブッシュを分け入っていたトレースも 最近ではずいぶん”まとも”になってきた。何度となく通い、踏み付けるうちに、徐々に固まってきたのである。フィックスも充実してきた。代りに、開拓当初は良く目にした、鹿やカモシカ達は、最近では滅多に目にしなくなった。オコジョのようなものも 最初のうちは見かけることがあった。相変わらず小鳥達は多い。すぐそこまで近寄ってくるのである。それでも今年は少なくなった様な気がするのである。辺りに咲き乱れていた石南花も、今年は少なくなってしまった。どうやら年によって違うようである。クライミングの為とは言え、これでいいのかなぁ?というジレンマにブチ辺りながら、自然観察と試行錯誤しながら ゆっくりとゆっくりと現在にいたっているのである。

    数本のラインだけではなく エリア全体の開拓となると、それ相当に時間が経過し 様々なことが起こり、エリアやライン自体に思い入れが出来てくる様である。普段僕らがナンの気なしに登っているエリアにも、様々なドラマがあったに違いない。そう考えると諸先輩の開拓クライマーたちの心意気を感じられるようになった。
    通常はトップダウン、要するに壁の上に どこからか回り込み、ロープを垂らして懸垂下降しながら掃除をし、ラインやらボルトを設定し、初登していく。最初に岩塔に辿り着いたときには進路を失い、結局ハーケンを打ちながらグランドアップとなった。小塚ダイレクトである。グランドアップは恐らく開拓の中で一番エキサイティングなことである。行けるかどうか解らない壁を、掃除しながらとにかくフリーで突っ込んでいく。ハーケンやカムを駆使して、泥にまみれながら進路を切り開く。既にアルパインでも味わえなくなっているような、楽しい経験が出来るのである。僕もハゲイトウ(今回は未発表)でグランドアップをやっている。意識が集中していく、身体がキレる感じが心地よい。落ちたらヤバイ、、、緊張感がたまらない。
    岩塔の北稜は 比較的まともな穂高の様なラインだった。視界が開けて高度感が有り、段々に続くガバ群。今では周りにラインが出来、ブッシュも減ったので そう見えないかも知れない。”ここにはマルチピッチを作ろう” そう思いながら掃除をしているうちに、”たっちゃんに登って貰おう!”そうだ それがピッタリ来る、そう思うのが自然だった。たっちゃん、倶楽部の大先輩の松本龍雄は 僕が谷川で病院送りにした。その二日前には倶楽部の松尾さんを病院送りにし、”3日で二人も半殺しにする男”と呼ばれる様になった。そのたっちゃんは 最近リハビリも進み身体の方もずいぶんと調子よくなってきていて、御歳を考えると驚異的な回復をしてきていた。元々身体は柔らかく、バランスも良いから、あそこまで回復してきたのだろう。クライミングウォールにも出没し、奥さんに隠れて 相変わらず大酒はのんでいるらしい。復帰一発!にしては ちとチンケではあるが、初登をお願いしたのである。快く お願いを聞いていただいた。それが 古希のよろこびである。今年の夏は、松本氏はコップに再挑戦するらしい。そういえば あの時も、翌日は僕とコップに行く予定だった。考えてみれば凄い執着である。まぁ 頑固なだけとも言う。
    去年の夏は 思い出深い。”いやぁ ルンゼは雪でプラブーツが欲しかったですよ”っと 前の年11月末まで一人で開拓に通っていたのは宮崎君だった。一人で電車に乗って行き、バス停から歩き、クライミングにやって来ていた彼である。僕らは車でぴゅ〜っとやってきてしまうが、(貧乏人はぴゅ〜ではなく、中津川のガガガガガっ かな?)宮崎君は大抵歩いてやってくる。物凄い意気込みなのである。そんな苦労をしてやってきて貴重な時間と金を使いクライミングをしていたので フリーエリアの開拓など見向きもしない男だと思っていたが、どういう訳か? 開拓メンバーに宮崎君が加わって、あっという間に エリアを広げていった。物凄い集中力で壁を掃除していくが、実のところ彼の仕事は”ビルの壁の掃除”である。だからプロなのでである。”こんなの高圧洗浄器があればすぐなのに!”っと呟いていた。電気で水を物凄い勢いで出すマシーンらしい。だが、周辺にはコンセントはない。水も流れていない。なんちゃらという薬品も凄いんだとか言っていた。 仕事で掃除 休みも掃除と、掃除だらけの毎日を過ごして居たに違いない。年が明けてGWには ”何故誰もいない!”っと、青天井でキャンプ場にいる宮崎君。通常 誰かは居るのであるが、倶楽部の連中は思い思いに適当にやってくる。勝手気まま、まとまりが無い倶楽部なのである。もとより合宿などは無いし、横の連絡も必要以上はしないから、岩場に行ってから”ああ、居たんだ!”というのが常である。携帯電話とメールが、ますますその傾向を助長している。電話はかけないし、パートナーさえ見付かれば後はどうでもいい。ところが まぁクライマーの考えるのは似たり寄ったりなので、時期や天気により結果的に数名集まるモンである。ところがこの時は間が悪く、倶楽部の連中は誰もいなかったらしい。他人のテントを当て込んだ宮崎君は、寒い! 青天井キャンプをしていたらしい。酷くローテクな人間である。そして ぱったり連絡が取れなくなったと思えば ”田植えから戻った。小川山行きたし”っとメールがはいってきて、翌日そのまま彼はいなくなった。今回は 掃除だけ済まして初登していない状態だった宮崎君のラインも、引き継いで整備してある。下の姉岩は宮崎君の壁で、yamashiと牛脂ライスは、宮崎君のお父さんに引き継いで頂き 初登を済ませてある。

    雲表倶楽部は昨年創立60周年を迎えたのは 記憶に新しい。都岳連加盟のナンバーは”5”である。都岳連の一桁ナンバーの会で、そこそこ活動をしている数少ない山岳会ではある。僕には そう言った認識はないが、OBの諸先輩方から見れば、都岳連と共に歩む山岳会という意識があるようだ。60年間で、純粋な遭難は7名のみで、その大胆な活動にしては驚異的に少ない。しかし 元より備えることは重要である。現在の活動に対して労山の保険が優れていて、そこに目をつけたクライマー達の いくつかの魅力的な行動は目にしている。ただ、雲表倶楽部は他会との掛け持ち加入は 混乱を避けるために認め無いことにしている。
    倶楽部は”歴史はあるが歴史にとらわれない”が信条で、常に状況を見据え第一線で活動している。その後の総会で、出ない保険では仕方がないと、今年度より杉並労山に倶楽部ごと掛け持ちさせて頂き、現在に至っている。労山の保険に加入するためである。労山の保険の魅力的なところは、当たり前のことであるのだが、保険請求等の手続きのフォーマットがしっかりしていて明確である。いちいち変わらない。そして 海外にも摘要される。倶楽部の連中の活躍の場は、国内以上に海外にある。その他にも たくさんある。一度 御自分の加入している山岳保険等を、見直してみるといい。いつの間にか 契約約款が変わっているかも知れないよ。まぁ 労山の保険もみんなで余りに利用し過ぎると、システム自体が破綻してしまうかも? ね!ぐっちさん!! 雲表倶楽部の現役の結論としては、”さらば都岳連、ハロー労山”である。本年度は 都岳連ナンバー5にこだわるOBの諸先輩が お金を出してくれているというので都岳連にも加入しているが、この先は どうなるかは解らない。 やっぱり労山は嫌だ! やっぱ都岳連と、、なるのかもしれない。目下のところ僕の興味はそういう所にはなく、良く湯河原の幕岩辺りで目にする 労山のクライミング講習会にヘルメットを持って講習生として紛れ込むことにある。きちんと名前もテープで張らなくてはいけないね。良く見かけませんか? 中に2〜3人、どういうわけか?若い娘が混じっていたりするでしょう? いいよねぇ、、、楽しみだよねぇ、、お友達にならなくっては! ハロー労山!!
    脱線したね。今回はこうしてやっと形になった一部 ”姉岩周辺”の30本を紹介させていただく。姉岩という名称にするのか?そんな恐れ多いなぁという気がしているのだが、、確かに姉岩は今までに存在して無いし、位置的にも そう呼ばれてふさわしい場所にあるので具合は良い。成り行き上、そうなってしまうのが自然なようである。実のところ、、、姉岩はどれだ?というのは実は判然としないので、小さな岩の集合体、、、周辺一帯を姉岩周辺と呼ぶべきだろうか。エリアは妹岩・マラ岩の上に位置する。しかし林道から見えている 妹岩・マラ岩の上の岩場とは、ちと違うようである。マラ岩より先 トレースを辿り、既成ルートである”卒業試験”のすぐ脇からエリアは始まる。マラ岩から5分というところかな。南面に面しており 陽当りが良く暖かい、ほのぼのとしたクライミングができるであろう。グレードも5.10台が中心で、初心者、初級者にも楽しんでいただける。各ルートは 初登より登り込みがまだまだ少なく、やっと安定してきたかな?という具合。ルートグレードも、皆さんに登っていただいて検討の余地がある。ボルトは引き抜くと決まってしまうグージョンタイプ(HILTY)でハンガーは厚めのものではあるのだが、メッキ処理の安物である。(FIXのSS)そうだね、貧乏だからさ。。。國分のまころんに安く調達していただいている。ロープやカラビナを置いていってくれる方も多い。他にもいっぱいお手数を掛けていると思う。みなさんの協力には大変感謝する。 概してランニングはしっかりしていが、ルートによっては ランナウトするもの、ナチプロが必要なものもあり、その辺りは設定者に任せてしまってある。終了点は カラビナ残置を基本にしたいのだけれど、カラビナの数が不足し、結果的にチェーンでの結び替えが多い。海外でも目にするやり方である。一度セルフビレイを取ってロープをチェーンに通して結び替えるやり方で、慣れてしまえばこのやり方で全く問題ない。確実にセルフビレイを取り、ロープを落とさないように注意し、、、考えてみれば当たり前の事である。また、チェーンにロープを通すときは”偶数コマ”に通す様にすると、ロープが岩に直接擦り付けられることが無いので ロープが痛みにくい。そのままトップロープにすることも出来る。セルフビレイは 予めロープを通す場所とは別の穴から取っておくと、ごちゃごちゃにならなくて都合がよい。最近ではチェーンの先端にシャックルを付けており、ロープを通しやすく流れやすくしたものを残すようにしている。この場合も シャックルが偶数コマになるようにしてある。もし手持ちに無用なカラビナがあり終了点に残置していただける場合には、カラビナが偶数コマになるようにするといい。。。。解るかな?
    ルートや取り付きは おおむね落ち着いてきているが、まだまだ再登数が少なく浮き石等もあるので、充分注意していただきたい。気が付いた点があれば、積極的に自発行動をお願いしたい。みなさんに楽しんで頂けるエリアに育ってくれれば有難い。
    下の姉岩は 皆さん御存知の”卒業試験”隣辺りになる。その周辺と、小尾根を越えた辺り一帯。卒業試験は妹岩という認識があるかも知れないなぁ? だから下の姉岩は妹岩なのかも知れない。ロケーション的に僕はどっちでもいいが、今回は下の姉岩周辺としておこうかな。下の姉岩本体は卒業試験の場所から小尾根を一つ回り込んだ辺りになる。壁にブッシュが多いので余り快適そうでもないが、岩はめちゃめちゃ硬い。ドリルのビット(ドリルの齒の部分)が 散々に壊れて、やたらに無駄遣いした岩場である。10本は使ってしまったな。ドリルの齒は そこそこ値段が高いので、一本駄目になるたびに涙が出るような思いをしたんだよ。”うう! これでカツ丼が3杯は食えるのに!!”って。。。。(";;;
    ここの取り付きは日陰であり木漏れ日が気持ちイイ。ガラガラの石ころはほとんど壁から落としたもので、猛烈な叩き落としをしたが まだまだ浮いている岩がある。”キケン”と書いた大きな岩は 掃除中に落とした石が当たった時に倒れたピナクルで、”どうしてこんなのが倒れちゃったの?”という感じである。よっぽど当り所がキマったのだろう。今は木に寄り掛かるようになっているが、強風の時には少しづつ地面に近づいているようである。グラッシオのX印の岩は、動くような気がするのだが取れない。万が一に備えて注意して欲しい。
    下の姉岩からトラバースするように5分位トレースを辿ると、上の姉岩がある。トレースが踏まれてくればもっと解りやすいのだが。。。上の姉岩はしっかりした壁で、ぽっかぽかに暖かい快適な場所である。実は 未発表であるが 青島氏が以前に開拓、整備をしてあったので、楽チンな岩場だった。他にも登られた形跡もあったので、ひょっとしたら どなたかは? 練習の岩場として使われていたのかも知れない。だから、とっても足場も良い。今回は青島氏のルートも混ぜて整備し、適当に名前をつけちゃって!、、、まとめて発表させて頂いてしまう。ここには5.10のみ7本あり快適なのだが、ラインが岩場の上部に抜けてしまうと傾斜が無くなって 下降時ロープが摺れるのが難点だ。ここからだと ライムライトウォールもすぐそこである。ライムライトウォールまでは 上の姉岩の右端から行ける。
    上の姉岩の左端から戻るように上にトレースを辿ると、30秒も歩けばコルに出て 姉岩岩塔がある。正確には上の姉岩岩塔と言ったほうがいい。実は下の姉岩にも奥壁というか?岩塔があるのだが、僕らは開拓はしていない。コルからは廻り目平の景色が眼下に美しく、気分の良いお気に入りの場所なのである。コルの辺りは岩塔上部で、岩塔頂上に抜ける快適なラインがある。眺めは良くすこぶる快適な場所であるのだが、風が強く吹き抜ける場所でもある。また、周辺で一番早く 天気が悪くなる場所のようだ。ここで雨が降り始めると、30分くらいでキャンプ場も雨になるようである。

    岩塔下部側壁へは、急なトレースをフィックスロープを使いながらルンゼまで下っていく。ルンゼサイドは 下って最初のエリアで、足場がイマイチ不安定だが、時間帯により日陰になり涼しい快適なエリアになる。古希のよろこびの1ピッチ目の取り付きは、さらにルンゼを下った場所になる。そこより下にもトレースがあるのだが、現在開拓中であるエリアなので立ち入らないよう願いたい。
    岩塔北面上部は 古希のよろこびの2ピッチ目まで登った位置にあり、ヴァリエーション的な感じになる。山頂からラッペルしても 取り付ける。
    ごきげんに眺めの良い岩塔山頂からの下降は、コル向かってにラッペルすることになる。終了点は共通なので 数に乏しい。また 山頂からは 下が見えにくいので、ロープダウンなどでトラブルにならないように注意されたい。または 現在はフィックスがあるので サンポニイコウをフィックスを使って下ればいい。なお北面下部は現在開拓中である。落石等は 御勘弁願いたい。
    開拓作業は現在も続行中である。まとまりなく辺りに散財しているが、現在のところ60周年なので60本、、という目標を越えつつある。貧乏な僕にとっては経済的にもきついので ゆっくり楽しみながら進めていこうと思うのである。まとまってきてプロジェクトがなくなったエリアは形になり次第、随時紹介させていただこうと思う。開拓中は 浮き石などを予告無く落とすので、発表させて頂くまでは隣接する開拓エリアには立ち入らないように お願いしたい。
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