2006年11月25日 やっとこ13。スードラON攀/湯河原幕岩・茅ケ崎ロック この日の1便目。さくっと一発で核心を抜けた。左手も無駄なく飛ばし、右手も上がる。足も安定した。なんという安定した状態なのだろう。信じられない。あれだけ痛め続けられていた両手の指も、まったく負担なく信じられないくらいである。ゆっくりと3本目をクリップした。”もらったかな。”先週はこの後頭が真っ白になり、指の感覚がなくなった。あれだけ慣れていたムーブもすっかり何処かへ消え去ってしまう。後は悲惨なものだった。テンション!?そういったスマートな言葉では表せないボロボロで”情けない”ものだったのである。手も足もバタバタ。とにかく回収しに上に行ったという感じだったのである。冷静になろう。とにかく今日は余裕がある。一段上のバンドまではとりあえず大事に行かなくてはいけない。カチが痛くない。まだ全然疲れていないし、しっかり持てている。これなら雑にならなければ落ちることはないだろう。腕の張りもない。足を大事においてロスを減らして、、、しかしこの出口の甘いホールドは嫌だな。バンドに入った。できれば一服したいところであるが、煙草などは持ちあわせてはいない。喉が渇いた。水が飲みたいが、それも持ち合わせはない。。。。ここから先上部の少し被った部分は苦手である。なんか嫌だ。そうだな、ココだけ切り取っても11位はあるだろう。しかも僕の苦手系である。手順を誤ればパワーロスし、出口の甘いホールドと相まって簡単にフォールへと引きづり込む。大体僕は、こうした”パワー系”のムーブは苦手なのである。”とにかく落ち着いて”、、、、呼吸を整える。今はここで落ちるわけにはいかない、情けなさ過ぎるから。。。。取り付きのクライマーが”大事に!!”っと声を掛けてくれ、ゆっくりゆっくりタイミングを間違えないように時間をやり過ごす。 ”行こうかな”多分いつもの様にぼそっと声を掛けゆっくりとハング下に手を延ばす。左手でガバを持ちクリップ。休んだせいだろうか?ずいぶんと傾斜を感じさせない。右手を、そしてガバ?に飛ばし、確実に足を決めよう。次の左手は丸っこくて甘いんだ。バランス良く足を入れ換えて左足を適当に拾って、、そう三角にあげるんだ。立ち上がる。左手は上の甘いので耐えてしまえぃ。手足とも余りよくはなく、一番傾斜を感じる場所だ。”もう一手。”普通ならこの辺りでクリップになるのだが、僕はクリップしない。最後のピンは飛ばすことにした。ここでのクリップは僕にとって動作が無駄に成るし、パワーロスが大きいからだ。そのまま右手を逆手気味にガバをとり、更に左足をあげ身体を振り気味に立ち込む。”終わった”なんと長かった時間だろう。いつもこればっか取り付いていた。とにかく終わったんだ。終了点にロープをかけて、上に這い上がり、少し声が出た。”おぉ〜わり!”とにかく終わった。 ここのところ冬になると足しげく通っている場所は、湯河原なのである。それも更に限られた場所、なのである。息子が生まれたりしてアプローチが少なく、取り付きが広く、平らな場所がある、、、、というのが便利であり、クライミングをするのに重要な条件になったことも多いに関係がある。まぁ所詮クライミングというのはおよそ日常的な物事ではないので、どこかに無理が来る。どんなクライマーだって大なり小なり何らかの条件を首尾良く整えて登りに来ているに違いない。そりゃぁ〜何の制約もない条件下で思いっきり没頭できたらその方がいいのかもしれない。ただ、そういう状態には今はない。かつての僕にはクライミングに費やす時間は有り余るほど有ったが、金はなかった。今は時間もチャンスも貴重になってしまった。しかしそんなことで諦めるわけにも行かない。そんなのはつまらない。厳しいが、、、、僕もなんとか条件の合う場所でやるしかないのである。 それ以上にかかわりがあるのが、倶楽部なのである。僕は雲表倶楽部という山岳会に属しているがこの倶楽部、フリークライミングでは5.13というグレードを登ったことがない人間が半分に満たないのである。つまりは大抵は5.13を一度は登ったことがあるのである。いや、最近は人数も増えたから半分以下なのかも知れないな。まぁそれにしても一般的に山岳会としては格段に多く、凄いことであり、”いつの日にか自分も、、、!”っと思っていた。ここ数年は5.12もコンスタントに登れるようになってきたし、まぁボチボチ”チャレンジだけでも”と思うようになった。そして手近なエリア”湯河原”で、5.13であるスードラを登るべく、ここ3年ほど通っていたのである。毎年左手が飛ばせるようになって、、、そこでおしまい。どうしても止まらない、抜けられない。時間が経つに連れてムーブも変化し、少しだけ変わる。年が変わればかなり後戻りしてまたスタートだ。もっともここ数年1月末になると”梅祭り”なるが行なわれるようになり、どうもその時期は湯河原にクライミングに行く気分にはならなくなった。てんこもりの見物客とスピーカーから音楽。屋台がならび、クライマーの近くにも見物客がやってきたりもする。それから駐車場代が、、そして”入場料”まで徴収されるようになった。だから”梅祭り”の期間中は湯河原には行かない。そうなると湯河原のクライミング期間は11月、12月から”梅祭り”の始まるまで、、だけなのではあるが、、、。ナンか違うような気もするなぁ。でも仕方がない。 僕のクライマーとしての最初は、実は湯河原である。ガイド登山から始まり、すぐにOCC小田原クライマーズクラブに所属するようになる。当時OCCのホームゲレンデは当然の如く湯河原幕岩であり、古くからクライミングされている正面壁へ行くというより”茅ケ崎ロック”の方が多かった。シャックシャインなどはアブミで登ったり、アイゼンで登った記憶も残っている。今ではめっきり見なくなってしまったがなぁ。。。。加えて当時この辺りが国分誠を中心としたチームレッドポイントにより新ルートが開拓中であったり、当然の如く知りあいになり、、、、良き先輩や”仲間”に巡りあったからだろう。こうした環境の中僕のクライミングは始まったといえる。もう20年近くも”昔”のことになる。おっと、恐ろしい事実だなぁ。 当時の僕はというと、マコロンランドすら満足に登れなかった様な気がする。指は痛いし、あの辺りのラインにはみんな、登れなかった嫌な思い出がある。クリスマスローズしかり、はさみむししかり。その後の僕は東京の山岳会である登稜会に移り、いわゆる”本ちゃん”の方が多くなっていった。アイスクライミングなるを始めて、、、、っとまぁそういう具合である。レッドポイントとOCCはというと開拓を続け、ウィングスロックやハイランド、、、そして亀の子岩を経て、城山へと活動の場所を変えていくのである。。。。とまぁ僕と湯河原とはそういう感じである。 当時の僕にはスードラON攀などは、”まさか自分が取り付けるとは!”っと思うラインであり、どちらかというと見ても”見えない”ラインだった。まぁ自分には関係ないラインだったということだね。それが時間が経ち環境が変わり、いつの日にか”触ってみようかな?”というラインになり、”登れるかも知れない。”に変わってきた。これが進歩なのかも知れないな。実はスードラON攀はおそらく、数ある5.13の中では非常に取り付きやすいラインだろう。元々は5.12だったが、ホールドが欠けたということでグレードアップされたようだ。隣のシャックシャイン(5.11a??)から容易にトップロープなどもかけられるし、横から回り込んで終了点に辿り着くことも出きる。そしてまぁちょっと魅力的なのは、湯河原にしては”スケールがある”ことであろうか? 上部は被っていて、見栄えもする。核心部は下部の一箇所だけなので、まぁ厳しいムーブとはいえそこを克服すればいいだけである。ううむ、魅力的でしょ?おまけに5.13。ここのところ数年、湯河原といえば初心者の岩場である。これからもそれは変わらないだろうが、、、、、大挙してやってきて大抵は5.10。良くても5.11くらいでテンションしまくっているクライマーが数多く、、だから高難度のラインは大抵空いていて、、、いや、ガラ空きで、限られたラインに取り付いているクライマーも数少なく(それに大抵は顔見知りばかりで、、)順番待ちなんてほっとんどないし、大抵いつでも自分のタイミングで好きなラインに取り付ける様な状態である。これは順番待ちが嫌いな僕にとっては非常に有難い。だいたい人がいない静かなエリアが好きなんだから、順番待ちなど好きなはずがない。おまけにスードラ周辺には比較的マシなクライマーの姿が多く、気持的に楽であり気分も悪くない。。 今日もとりあえず、いつもの様にウォームアップでコンケスタドールに取り付く。えっ? 5.12aでアップなの?っと良く言われる。ううむ、でもそうなのである。実は最初はこのアップで意気消沈して一日を台無しにしたことも有る。でも有る意味、スードラを登るのなら、、、、っと自分に対してのプレッシャーを与えるような、、、そういう意味合いもあった。コンケスタドールはこれまた取り付きやすく、僕の初イレブンのラインで思い出深い。当時僕はやっとこ5.10が登れるようになった位の初心者に毛が生えた?クライマーだった。初めてのイレブンということで、普通考えたらもう少し簡単そうなラインに取り付くのが一般的なのであろう。物事には順番というのもあるのかもしれない。まぁそんな順番を待っていたら、どうにもならない事態は世の中にはたくさんある。 でも僕の場合には何故かは良く判らないが当時5.11dというグレードだったこのコンケスタドールに取り付くことになっていた。3ケ月位通っただろうか? 飽きもせず毎日数便、同じ箇所で何度も何度も跳ね返されながら、無謀なチャレンジは続いていた。このラインを登ってたころ、それは”くっちゃん”を思いださずにはいられないのである。それから当時何故か?雲表倶楽部のクライマーは湯河原に良く出没していた。今から思えば凄いメンバーが集結していて、それぞれがハイグレードにチャレンジしていた。そういった周りの環境もあり、おそらくチャレンジは継続できたに違いない。クライミングが上手くなる条件として最大なものは”周囲の環境”なのである。当時僕は自然にそういった環境に巡りあったことを幸運だと思うのである。そして春になった頃、無謀なチャレンジは達成された。 その後ホールドが欠けたということでこれまたグレードアップして、今では5.12aというグレードになっているみたいである。最近ではグレードダウンの声もささやかれているし”お買い得”の様である。ここで5.12クライマーになった人も多いのでは?とにもかくにも今となっては良く慣れた、僕にとっては最良のウォームアップルートになっているのである。 初イレブンが登れた後すぐに11a/bというのは面白いように思いどうり登れるようになり、こうして僕のクライミングは少しステップアップしたのである。”イレブンコレクション”はあっという間に増え、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい。もはや5.11台は”いつかは登れるライン”になった。こうして結果的にコンケスタドールの無謀なチャレンジは思ってもいない形で僕のクライミングスタイルを形成していると思うのである。高難度になればなるに従って、”上手く出来ないこと”は少なからずある。それは僕に限ったことではなく、誰にとっても”上手く出来ないこと”なのである。だからこそ高難度なのであって、それ相応のグレーディングがされているのだ。ある意味それを克服することだけが自分を違った形に押し上げるチャンスなのかもしれない。 そして今は、またひとつ終わった。。。。そしておそらく、既に新しい何かが始まっているのだろう。 数週の後、また湯河原にやってきた。もう”課題”はない。とりあえずは終わってしまったのだから。伊豆の踊子やサイコーカンテも登れてない。スパイダーマンもあるな。どれにしよう?少しのぉんびりとしながらコレクションを増やそうかなと思っていたのである。そして手始めにとスーパータクティクスへと取り付き始めた。 クロニクルでは、紀行記録、山行記録をはじめ、参考資料や文献の索引、リンクリスト、、、など、様々な情報が 山域・地域別に分類してあります。見付からない記録等ございましたら、こちらからお探しください。まだまだ情報量は少ないですが、便利に御利用いただければ幸いです。情報等の御提供、御協力もお願いいたします。 当サイトでは、皆様からのお便りお待ちしております。 御意見、御質問など お気軽にどうぞ! こちらからお願いします。 ■ サイトポリシー ■ サイトマップ 20091026 modifyed ////////// Copyright 2009 4410.com All Right Reserved
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