火山列島硫黄島・北硫黄島
続いて見えてきた陸地は、やたらに平べったい。太平洋戦争の激戦地。
硫黄島である。
ほぼ平べったい高低差の無さそうな島の片隅に、ぽっこり飛び出た山がある。摺鉢山である。あの激戦の中、アメリカ軍が星条旗を立てる、、、という印象的な事態は、ここで行なわれた。
山は大量の砲弾を受けて大きく変形してしまっている。
海は少し浅くなり、、、やっぱり島が平べったいと、周囲もだらだらっとなっている地形ナンだろうね。
島の数箇所には温泉を思わせる煙が噴出している。
ここには自衛隊の基地があるのだが、この日は別段離発着する飛行機などは見当たらなかった。
やっぱりそういうシーンは機密事項なのかな?
さっすがに”おが丸”の観光ツアーがあるというのは知っているだろうし、、、そういう日はおとなしく!っという感じに違いない。
続いて見えてきたのは北硫黄島。あつ、続いて、続いて、、、っと簡単に書いているが、、これそれぞれ数時間の大海原の世界があるんだよ。
北硫黄には昔は二つの部落があり、学校もあったという。戦争で強制退去されるまでは人が住んでいた。コーハツのとどむさんは北硫黄の人である。
学校に行くのに峠を越えて向こう側に行っていたらしいが、、、ううむ。そんなに簡単に越えられる山という感じではない。
なんでも頂上付近は海洋島の特徴で雨が降りやすいということで、上の方に畑があったらしい。
それにしたってものすごい急斜面。そして、どのくらいなんだろう?300メートル、、いやもっと標高差があると思われる峠の往来は、そんなに簡単だったとは思いにくい。
物凄い体力が必要なのである。。。ううむ。
その後おが丸は母島の東側を通過する。島の東側は通常は見られないので珍しいのだが、、、、残念ながら暗闇となり、あんまり意味はなかった。
で、えっとぉ20の夜に二見に帰ってきた。
その晩は 境浦という町から少々離れた場所に泊まる。沈没船が浜から程近い場所にある、、結構良く写真に出てくる場所である。ここでお世話になったのは、境浦ファミリーという宿である。島では唯一、湧き水の出ている宿である。水は甘く、すこぶる美味しい。
町まで遠いから、ちょこっと、、遊びに行けないのが寂しい。
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●グループ山想
奇妙な雑誌「山 想」 会則も、規約も、年会費もありません。グループ参加者(つまり本誌の読者)にはいっさいの制限はなく国籍、年齢、性別を問いません。昔、山登りを続けたことがあり、現在は山とは縁がないけれど、若い時代の登山の想い出とその情熱を懐かしく思っている人たち。若い時代から引き続き、今でも登り続けている人たち。昔の山仲間と語り合い、お互いに近況を知らせ合いたいと願っている人たち。これからでも、山の良さ、素晴らしさに触れたいと思っている人たち。
とにかく山を愛する人達の集まり、グループ山想。山岳会の枠を越えて山を愛する人が自由に参加して、毎年7月に 谷川岳に集結しています。今年10周年を迎えます。
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