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”おかえりぃ”
”御無沙汰してます”
相変わらずの抜けるような良い天気だ。にじる陽射しが ホロ酔い加減の肌にじりじりとくる。とどむさんは少し老けたかな。まもるの顔は相変わらず黒光りをしているが、これでも今年は海の仕事をしていないから、色は黒くはないんだという。
船の中には観光客とおぼしきは1/4くらい。全体で50〜60人くらいだろうか? あと残りは 作業服を着ていたり、なにやら工具箱のようなものを携えている人が多く、ひときわ目を引いている。船の上では形式張ったお役所的な御案内や社交辞令が交わされていたりもする。おが丸の到着に合わせて 二見まで出迎えに来ていたのであろう。それとも父島からの同行なのだろうかな?。しかし この空と海である。人々の顔は自ずとおおらかで明るくなり、解放感に充ち満ちた美しさを漂わせている。形式張った話ですらさすがに場所柄、思わず微笑んでしまいそうなかわいらしい会話に始終する。ビールをプシュ!しながら 聞き耳を立てているだけで 結構暇が潰れてくれるから 聞くとも無しにぼぉ〜っと流していればいい。
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”あれは 千尋岩。父島の外れ。上には野生化したヤギがいるんですよ”
”あのヨットはダイビングですねぇ〜”
”この辺りはクジラがでるんですよ。もうそろそろみられるかもしれませんねぇ”
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”いやぁ〜 いくらなんでもまだ時期には早いんじゃぁないかなぁ??”
頭の中で そんな返事をしてみたりするのだが、”ひょっとして?ということもあるのかな?”っと 水平線に目を走らせてしまう自分もいる。たまぁ〜にトビウオが飛んでいる。そんなモンしか起こらない。波間は遠くまでキラキラしているから 結構波がある。 カモメが飛んでくる。どっちに向かうのかは知らんが、まだまだ陸地は遠いから大変だぞぉ!がんば!
船は丁度島と島の中間の大海原にさしかかっている。
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観光客とおぼしきは圧倒的に女性が多く、10代後半から20代前半ぐらいだろうか? さらに何故か?一人旅っぽいのが多い。要するにイイ感じなのではあるのだが、さすがに不安なのだろうか? 少々暗い、、というか 重い空気感を漂わせている感じがするのは気のせいなのだろうかな? おが丸で見つけた赤いTシャツのきゃしゃな感じの女の子は、客室でうずくまっている。この揺れだからなぁ。きっとゲロ吐きそうな感じなんだろうなぁ。 |
そういえば、役場の千葉ちゃんも 後の方のオープンエアーのイスに腰掛けて微動だにしていない。ぐっと目をつむり腕を組んで、、、島民なのに船酔い? ううむ。
そりゃぁ〜まずいんじゃないの?
うっと!
やばやば。こっちにもゲロが込上げてくる感じがする。
この辺まで酸っぱい感じが込上げてきた。
だいたい 他の人が酔っているのを見るだけで、結構気分がわるくなったりするモンである。そうか、酒が飲めないのに宴会参加は好きだという人は、そういうふうに疑似体験しているのかもしれないな。
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丁度、ホエールウォッチングのシーズンもぼちぼち始まる頃なので、鯨が見られるかな?と期待したが、、、残念ながら 出没してくれなかった。。。
他の乗客も同じようなことを期待していたようなのだが、残念だ。実際ははじま丸からは 頻繁に鯨を見ることが出来るという。今回の仕事が終わるころまでには見ることが出来るのだろうか? |
乳房山が見えてきた。
なだらかな三角錐に見える山頂も良く判る。右手には向島。回りを島に囲まれた沖港に入ってくれば波は落ち着いてくる。遠く小さな平島の砂浜は 相変わらずに金色に輝いており、とっても居心地が良さそうに見える。いつの日か のぉんびりと行ってみたいものである。砂浜でバーベキューをやったりシュノーケリングをやったりするのも興味がある。無人島だし、こりゃぁ絶対!まっぱフリチンで遊びまくってみたいモンだな。。 シホンの岩場がいろいろな形に変形しながら近づいてきた。
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もう近い。
竹芝から26時間半のおが丸の船旅で二見港につき、更に ははじま丸で2時間。そろそろ長旅も終わろうとしている。
港の入り江に入ってくれば ちっぽけな沖村が見慣れた懐かしさを漂わせてくれる。鮫ケ崎のあずま屋は なんか以前よりでっかく立派になっている。おまけに新しい階段が付けられているみたいだな。少しづつ変わっていくんだなぁ。防波堤にはイカ釣りかな? リールをだらだらと回している人影がふたつ。やる気なさそうに なごんでいる。石次郎の浜は相変わらずちっぽけで可愛らしく綺麗に見える。海の色がそこだけ明るく輝いているのは そこいらが浅いからであり、波が当たるから。海はそこいらじゅう綺麗なブルーをしており、すさまじい透明度。訪れた人が すぐさま自分のプライベートビーチとしたくなるような、そんなかわいらしい浜である。
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着岸すれば 挨拶ちょこちょこ。見慣れた顔がならんでいる。久々の懐かしさを味わい、工事中の観光協会の脇を抜けて歩いてみる。ちょっと見ないうちに あっちこっち変わるモンである。長旅の疲れもどこへやら、遊び心は爆発しそうである。クソ重たい荷物は まもるに預けてしまえぃ!
観光客の一団は、民宿やらペンションやらの出迎えのワゴンに少しばかり”ギョ!”っとした感じだろうな。シンプル、素朴、、といえば美しいのだが、端的に言ってしまえば”ボロイ!”だけ。これから ここ母島での数日は、予想だにしない”なぁ〜んにも無い”生活が待っているんだろう、、、是非はまってくれればいいけど。楽しめるといいね。
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港から前浜に回ってくると ハイビスカスがちょぼちょぼ咲いている。残念だが僕の大好きなブーゲンは時期ではないらしい。
ガジュマルの横っちょから桟橋を越えて、サギらしき鳥がちょこちょこしているので ぼぉ〜っと眺めたり追いかけてみたりして遊んでいる。のぉんびりしてるなぁ。長い船旅のお陰で、まだ身体がゆらゆらと揺れ続けている。妙な感じだ。
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ガジュマルの回りは みんなのたむろする場所だ。ガジュマルの下にあるベンチには 大抵ジジババが座っていて、世間話をしている。子供達はガジュマルの複雑怪奇に入組んだ樹や根っ子の間に潜り込んだりして遊んでる。みぃんなかわいらしく生き生きとしている。子供達の母親はというと、ガジュマルの木の道を挟んで反対側にある 漁協か農協かでお買い物をしている。夕方のこの時間、しかもおが丸の入港日である今日のような日は、島民達のお買い物タイム。誰もがお買い物に繰り出してくる。顔見知りばかりの部落だから、すぐさまおしゃべりが始まっては終わり、終わっては始まり、、そうして ゆったりと時間は過ぎていくのである。
ガジュマルは小鳥達のお気に入りの場所でもあるので、メグロやメジロ、ウグイスの大軍が、ちょこちょこ追いかけっこをしている。時期によってはチュンチュン、ピーピーと ひっきりなしに鳴いているモンだが、今日のところは比較的静かだ。
”おや!”
おや 懐かしい顔だ。 漁協の前の自動販売機で発泡酒を買い込んできて、桟橋の堰堤の上で寝転がってプシュ!っとして日向ぼっこ。至極のひとときだ。そんなんしてると 福田さんが現れた。
”いやぁ、またきたかぁ”
”船が揺れてねぇ、、まぁだ ほら! ふぅらふぅらしてるんだよ”
”なぁ〜に言ってんだよ! 飲み過ぎなんじゃないの?”
”いや、ほんのコレだけだって! 本当だよ。。それよっか、今回はどんなんの?”
”今回は たいした量じゃぁ〜ないから、簡単に終わるっしょ”
”そんな話は聞いてるけど、なんだか材料は全部揃ってないんらしいじゃん?”
”そうそう、でも次の共勝で来るでしょ。まぁ ハチマキまでだからさ。パパパっと終わらせて 大金稼いで、、、いいねぇ。。。”
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母島は東京から南に遠い 太平洋の真っただ中、小笠原諸島にある。小笠原諸島は父島を中心とした父島列島、母島を中心とした母島列島、聟島周辺の聟島列島、そしてさらに南の硫黄島を中心とした火山列島。その南は北マリアナ。マリアナ諸島といえばグアムやサイパンがあるトコである。この他 西之島、日本最南端の沖の鳥島(20°25'N-136°05'E)、日本最東端のマーカス(24°27'N-153°59'E)などの小さな島々約180の集合体をひとくくりにして総称で小笠原諸島と呼ばれる。実質的には人間の住んでいる 父島、母島が一般的に代表され、特に本土からの船便があることから 父島のみを示すことが多いが、海上を含めた広さだけ考えれば 東西1800キロ南北1000キロもあり日本の面積の約1/4くらいは 小笠原諸島ということになってしまうくらい広い。その全部が小笠原村。小笠原諸島は行政確には 東京都小笠原村であるから、東京から、、というのも少しばかりおかしい感じがあるのだが 父島で1050キロ、母島は更に50キロ南に位置している。
戦前には約10の島々に7000人あまりの人が住んでいたが、太平洋戦争中の本土への強制疎開、アメリカの占領統治により、1968年に返還された。今では、父島と母島に合わせて2000人ほどの人が暮らしているのみで、硫黄島とマーカスに若干の従事者がいるのみ。あとは無人島になっている。
また 小笠原の島々は 一度も大陸とつながったことが無い”大洋島”という。大洋島は大陸から孤立しているため 何らかの偶然で辿り着き 独自のの進化を遂げた数が少ない動植物が在る。
母島を始め 小笠原の島々は ほとんど全部、日本の国立公園に指定されている。また いたるところが天然記念物、特別天然記念物。そういったものに出くわさない所はない。火山列島にいたっては世界遺産となっている。東洋のガラパゴスと言われる所以である。
僕がここを訪れるのは
”小笠原ねぇ。 面白そうだな” そう思ってから今回で3回目。
丸一日以上の移動時間がかかるので 世界中で最も時間的に行きにくい場所になる。大抵一度は行ってみたいと思ってはいるものの、時間もかかるし金も掛かるので訪れる事無く、海外旅行の方が よっぽどマシ。結果的にグアムやサイパンには行ったことがあっても小笠原は行きにくい場所ではあるまいか?
僕の目的はボッカ。山道を荷物を担ぎ歩くのである。本土でも山小屋などでは 必要な物資を人間によって担ぎあげるスタイルがある。いわゆる荷上げである。最近ではヘリコプターで一気に大量な物資を上げてしまうパターンも増えてきたが、中にはいまだにボッカのスタイルをとっている所もある。まぁ簡単に言ってしまえば過酷な肉体労働である。
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僕のやっている母島でのボッカは 乳房山という母島の最高峰(海抜463m)に付けられたハイキング道の整備のために必要な材料を担ぎあげるもの。島には集落は一つしかなく車道はあまりない。従って ハイキング道を整備するとなれば 人間が担ぎあげるしか手段はないのである。最初は”今時ボッカかぁ、、ぞっとしないなぁ”と思っていたが、そこそこ金にはなるし、滞在期間中は宿舎が使えるので 長期滞在でもコストがかからないで済む。オマケに島時間はゆったりとしているから ”いつまでに上げなくてはいけない”というのにも 割りとおおらかで、休みたかったら無理をしないで休むというマイペースな仕事をすればいい。逆に いつまでに帰らなくてはいけないという僕の方の都合の方が、時間の使い方を妙にセッカチにしてしまう。そうして今まで2回も あちらこちらを体験してきたが、まだまだやってみたいことが たっくさんある。
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で、今日3回目の母島となったのである。
今日から一カ月近くは、島の人になって 母島を満喫していこう。
そろそろ島民ウォッチングにも飽きてきた。空は夕方を迎えようとしている。宿舎であるコーハツへは 道一本。とぼとぼと歩きだす。ホンの数分で みんなの夜の溜まり場になっているコーハツのタンバに到着する。タンバとはいっても実際に食事をするわけでもなく、実のところ食事は他の飯場に混ぜてもらって食べに行く。だからタンバは飯場ではなく、どちらかというと、仕事をしている人の控室みたいな意味合いになっている。 |
仕事が終わってしまえば どう使おうと、社長であるとどむさんは目を瞑って許してくれている。そこにもってきて ガスコンロもあるし、大きなテーブルもあるしテレビもあるから 格好の溜まり場になるのである。夜ともなれば ぱらぱらと酒を持って来客があり、楽しい一時が過ごせるのである。実際のところ 酒や肴は全部持ち寄りだし、いくらなんでも 飲み屋に飲みに行くよりよっぽど安上がり。僕は寝床も近くにあるから安心して時間を忘れていられる空間なので、すこぶる居心地が良い。安居酒屋コーハツといった具合なのである。実のところ 僕が母島に通ってしまうのも、このタンバがあるから、という事情が大きい。居酒屋コーハツには実に様々な来客が登場し、島の色々なことを教えてくれ、話が出来る。愉快に時間は過ぎていくのである。
この日も早速 来客がある。
居酒屋コーハツには風呂があり、そこは井上のとっつあんが使っている。今日からは僕も そこを使わせてもらう事になる。相変わらずのピカピカのとっつあんの頭。非常に愉快な人で、なんと言っても粋である。なんでも入れ歯が出来たといって とってもうれしそうである。柿のたねやらピーナッツやらを ポリポリ食って”ほら、ほら”っと御満悦である。とっつあんは酒が飲めないが、ちょこちょこと現れては イイ味をだしてくれる。欠かせないメンバーだな。まもるは今度のおが丸で内地に行ってくるから 明日には一旦父島に渡るという。12月の頭には帰ってくるらしい。
数人のメンバーたちは 尽きることなく、楽しい一時を過ごす。ただ、21時には決まって御開になる。これが居酒屋コーハツの良い所だ。だらだらと延々飲み続けようとすればキリがない。話の続きはまたにすればいい。明日もあさっても、、、楽しみは尽きる事がない。さぁて明日からは仕事になる。この辺でゆっくりと休むこととしようか。 |
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