ははじま丸
いよいよ 二度目の母島である。
今度もボッカである。そう、登山道の整備に使われる材料の丸太を背負子に担いで登るアレである。本当なら年末に有るはずの仕事であるのだが、時期が遅れに遅れ、今はもう2月も終わりを迎えようとしている。一番気温の低くなってくるこの時期にやっておかないと、こういった肉体労働はどうみてもきつくなる。南国の夏は長く、暑いのだ。
母島・乳房山登山道の整備事業は、一応公共工事である。発注元は東京都なのか環境庁なのか?その辺りの詳しいことは知らないが、そういう事業であることは間違いない。ということは、年度末、3月末になるまでには工事は完了していなくてはいけないということになる。僕らがボッカして材料を運び込んだらすぐさま組み上げられていくという段取りになってくる。前回、一回目の工事では、登山道の始まりから1/3程度を組み上げたので 今回の工事はその上。山頂付近の場所になる。つまり一番高いところ、遠い場所へとボッカしなくてはならないということになる。小さい島だとはいえ 近い場所と山頂とではやはりボッカする労力にも差がある。おまけに期間が限られている。ううむ、それにしても今回は日程がきついから果たして終わるのだろうか?
東京を出発して翌日の昼頃 父島の二見港におが丸は入港する。海の状態が悪ければずいぶん遅れることも有るようだが、今日のところは時間どうりに到着したようだ。やっと船上の生活から一時解き放たれる。ぞろぞろとタラップを降りていくと、父島、、いや、僕の小笠原体験のスタートになる。父島の町は少し洋風で、強い陽射しと相まって異国、南国の風が漂う。
”だって もう家の外板が横張だから、、”
とまころんからは聞いていた。彼はもう 何年も前に小笠原を訪れている。
アメリカに占領されていた時代が在るから西洋式の文化が根付いていると言うのである。元来日本の家屋の外板は縦張りだと まころんは説明する。確かにそうかもしれないな。そういうちょっとした違いで 異国ムードが在るのかも知れない。
母島を目的地にしている場合にはここで”ははじま丸”に乗り換えなくてはいけない。もう暫く船上の生活が待っているのである。乗り換え時間が短いのでゆっくり南国ムードに浸っているわけには行かない。とにもかくにもははじま丸の乗船券を購入する列に並ばなくてはならないんだ。
陽射しが熱い。
やっと乗船券をゲットしたら、少しばかり観光と昼食を兼ねて 二見の街をぶらつくことになるだろう。写真は父島唯一の信号機。、、、という事は、おそらく小笠原唯一の信号だ!
町のすし屋に入って”島すし”を食ってみる。ワサビの代りにカラシが使われている 漬けみたいな味付けの魚が握ってある。値段は結構高かったので、満腹には程遠かったが 貧乏なので我慢するしかない。おごってくれるなら、、そうだな、3人前はイケる気がする。
二見の町には 適当にみやげもの屋があり、それなりに観光地を装っている。 余った時間は、それとなく ぷらぷらとすることに成る。
港に停泊している”ははじま丸”は”おがさわら丸”に比べると 1/10くらい小さい船で、見た目には古めかしく映り、結構情けない。そう言ったものの観光遊覧船などとは違い、しっかりした船体で、さすがに外洋に出るんだなという力はあるのだろう。実力本位というか、無駄なものは付いていない。船の後にはオープンエアーのベンチになっていて風が気持ちイイ。
自動販売機はあるが、レストランとかそういうものは全く無いんだな。。 そのかわりデッキにはいつでも出ていられるようで、気分が良い。
長い船旅から開放されたと思ったらすぐに ははじま丸に乗り込む。これからさらに2時間の船旅が始まる。おが丸の航海は あんまり揺れなかったとはいえ、身体はふんわかふんわか漂っている感覚が残っている。更に ゆんらゆんらしなくてはならない。今回はクライミングでも一緒にやっているミウラーが一緒だ。この辺りが母島生活にいくばかの変化を作ってくれるに違いない。出港するとミウラーのケータイに ミナミウラー先生より電話が掛かる。すんごい。やっぱ 世の中変わってきているなぁ。
そういえば、去年はココで 僕に仕事の電話がかかってきた。m(_ _)m
そんな事はよく覚えてるな。。。(";;;
二見港を出港すると ははじま丸は一気に二見湾を抜ける。
出港すると あっさり湾を抜ける。 おがさわら丸のゴォ〜っとした感じと違い、どちらかというと、ぶうん!!といった感じで進んでいくのである。
海までの高さが余りないので、水面は近くに感じられる。ところが油断していると船首が切った波しぶきをかぶることになるから、あんまり先端に近く低い場所に居るのはやめたほうがいい。それでなくとも塩は少しかぶることになる。少々油臭い甲板はオープンエアーになっている。ここに居てもよいし、もちろん客室の椅子や座敷にいてもよいのだが、やっぱり僕は甲板がお気に入りだ。それも上の方の船首に向かって左側、その細くなった辺りに ぺったんこと足を投げ出して座り、ビールでもプシュ!っとすれば、幸せな船旅が約束されるのである。
おが丸とは違う、近い海を肌で感じる。風も心地よい。水はブルーで美しく、眩しい陽射しの中 キラキラと輝いている。
ふと振返ると目の前の父島の最南端の方にある壁に気が付く。
父島の南端には急な岩壁帯が広がっている。南島には海食された石灰岩が在るので、岩質は石灰岩なのか?それとも火山岩か? ぼぉ〜っと眺めていると赤茶けた岩壁と黒い岩壁。
この二つが目立ち、この他にもいくつかの切り立った岩壁が並んで存在する。高低差は高い場所で200メートルくらいであろうか?
黒く見える巨大なハート岩の上の稜線が、小笠原諸島・父島南岸の断崖”千尋岩(せんじんいわ)”である。周囲の岩壁の中では一番目立ち、しっかりしたものに見えるのであるが、実際のところは不明だ。住所で言えば父島字西海岸という場所にある。
断崖の深さから明治初期「ちひろいわ」と命名されたが、現在は一般的に「せんじんいわ」と言われ、高さは254.6m。岩崖が海面まで一気に落ちて込んでいる。これがなんか ちょっと カッコイイわけですよ! 島に岩壁があるというのはイメージしていなかったから、あれれ?って感じがする。
他の方の記述を引用させていただけば、、、、住所???では、父島字西海岸。 標高254.6m高 小笠原諸島・父島南岸の断崖。岩崖が海面まで一気に落ちている。東西に起伏する尾根は、展望の利かない低木林と見晴らしのよい岩場がいくつかある。西の岩場は海にオーバーハングしているらしい。こんな島の端にまで旧日本軍要塞司令部の標柱が建っている。「全島要塞」を実感させられる。東のは真下に亀之首を覗ける。南海上からは、巨大なハート岩の上の稜線が千尋岩である。
一応、、、登路:不明瞭、迷い易し。北袋沢、逢瀬橋で下車、常世滝から西海岸への旧軍道を辿り、途中から衝立山へ登り、南尾根を下る。登り2時間30分、下り2時間。
山名:断崖の深さから明治初期「ちひろいわ」と命名、現在は「せんじんいわ」と言われる。
初登頂:1990.05.06、中学校の先生達と衝立山から往復した。
現在ではジャングルツアーみたいなものでネイチャーガイドと共に往復したりすることが出来る様子なので、興味があれば捜してみるといいだろう。
で、たぶんクライマーなら”登れるかな?”と思ってしまうものだ。僕も一応はクライマーのはしくれだから 興味は在るので調べてみると、初登頂は1990.05.06とある。つい最近のことである。これが実際に壁から登ったものなのかどうかは定かではない。多分違うだろうと思う。高さも254.6mとされてはいるものの、これはおそらく山頂の海抜のことであり、壁自体の高低差はやはり200メートルか? そんなに無いのかも知れない。
現在の状況はというと登路は不明瞭、迷い易いという。クライミングのアプローチするには海上から直接岩壁下部に上陸するのが一番簡単だが、登攀終了後の事を考えると、一度陸路からも登頂しておいたほうがいいだろうな。
クライミングのためにはアプローチはやはり船利用が簡単便利で良い。たぶん 海からの取り付きになってしまうのだろうなぁ。。。ははじま丸から見ると陸地に有る岩壁のように見えるのだが、実際には岩壁下部は海から直接切り立っているらしい。
実際にクライミングにチャレンジしたパーティーも居るようなのであるが、登ったかどうかは解らない。まもるの話によれば 途中で引き返したらしいと言う。アプローチはやはり船をチャーターして海から行ったようだ。もっと調べてみる必要があるね。聞いた話によれば泥交じりの壁だというから波勝の赤壁などに似たものではないだろうか?それとも 石ころのはまったボロ壁なのだろうか? 意外と予想に反して堅いしっかりした壁だったりして、、、というのは たぶん有りえないだろう。チャンスがあれば登ってみたいものである。でもきっと 脆いような、、、そんな気がする。。。
壁の上部にはヤギがいて、これが登っているクライマーに石を落とすのだというが、、、オーバーハングしていたら関係ないけどなぁ。どうなんだろうか?
この辺りの父島南端の東西に起伏する尾根は、展望の利かない低木林と見晴らしのよい岩場がいくつかある。西の岩場は海にオーバーハングしている。そしてこんな島の端にまで旧日本軍要塞司令部の標柱が建っている。「全島要塞」を実感させられる。東は真下に亀之首を覗ける。
しばらくすれば母島がうっすらと左前方に見えてくる。 父島と母島の間の距離は、たしか50キロとか言ったかな? そんなに遠くない。時間にして2時間。
ちなみに 東京-父島は1000キロなんですって! ずいぶん遠くに来たもんだ。
今回のボッカは遅れた。遅れてしまって大変なだけでもなく、そこを楽しんでしまえる要因が実はある。今回は時期も時期。12月下旬から5月くらいまで、バッチリとクジラのシーズンだ。小笠原はホエールウォッチングが出来るのである。この時期出没するのははザトウクジラ。豪快なジャンプが見られるらしい。一回くらいは見ることが出来るのだろうか?前回は帰るまでにはクジラを見ることは出来なかった。今回は時期もバッチリ。ちょっと期待する。きっと 長い間いれば、一回位は見ることが出来るだろう。
クジラの出没を期待して、たくさんの人があたりを見つめる。すると、
”あれれ!?”
いきなり すぐそこで、ジャンプ!(")/
大きな身体を ぬるぬると滑らせ、海面にその大きさを見せてくれた。
へぇ〜。こんなに簡単に見られるの??
うわいうわい!(")/
こりゃなんだか 楽しいことになりそうだ!
母島に近づくと島にはほとんど人間の痕跡が見当たらない。海岸線はおおむね崖になっており、小さな入り江がいくつかあるのだが、斜面がぐっと海に落ちこんでいて 砂浜は見当たらない。海岸線には岩場がたくさんあるが、クライミングという感じではなく、単なる岩場という風に見える。しかしそれにしても極端に浜が少ない。そうだな、結構地形の険しい島のようで、平地もほとんど見当たらない。
一目見てソレと解る島の最高峰 乳房山の他にも、いくつかのピークがある。結構、山も多いんだなぁ〜
島の西側を回り込むようにははじま丸は進んでいく。島々に囲まれた賎かな海である。ほどなく ほんのわずかの平地に見られる人工物、母島の元地へと到着したのであった。
父島とはまた違った、、 めっちゃこじんまりした街??が そこにはあった。
母島に到着。二見港をさらにぐっと貧弱にした、沖港。相変わらず見覚えのある顔が、みぃんな出迎えに来ている。 帰ってきたんだ、という感覚に包み込まれる。ミウラーはどう思っているのだろうか? 心なしか顔が明るいから どうやら気に入ってしまっているようだね。
とどむさんに荷物を預け、街まで歩いていこう。、、、といっても、10分もかからないんだけど、、、(^◇^)ハハハ
長い船旅で なんだかゆったり出来てなかったから、、、
明るい陽射しの中 とりあえず”開放された!”というだけでうれしい
(")/
こうして、再び母島に上陸したのであった。
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山岳ライター・柏澄子の毎日。 ヒマラヤ山岳地域やチベット文化圏の民族、暮らし、文化などをテーマに執筆。仕事部屋の様子、取材の話、クライミングや登山、旅の話などなど。古満目に更新されています。見習わなくては。。。
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